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「アンチエイジング」という言葉の始まり
私たちの社名「アンチエイジング株式会社」には、単なる言葉以上の意味があります。美しく年齢を重ねるという願いに寄り添いたい、そして私たちが取り扱う原料が多くの方々のお力となれるよう願いを込めて選択した社名です。
今では「アンチエイジング」という言葉はごく自然に使われていますが、現在のような文脈で使われるようになったのはいつ頃からかご存知ですか?
実はそれほど古いことではありません。転換点はいくつかあり、直接「アンチエイジング」という言葉は使われていませんが、きっかけは1本の論文から始まりました。
■医学的アンチエイジングの原点
その転換点となったのは、1990年7月に『The New England Journal of Medicine』に掲載された、ウィスコンシン医科大学のダニエル・ラドマン博士による論文
「Effects of Human Growth Hormone in Men over 60 Years Old」 です。
この研究では61〜81歳までの健康な男性21人にヒト成長ホルモンを投与したところ、ヒト成長ホルモンの指標であるIGF−1の値が若年層と同等のレベルまで改善し、除脂肪体重・骨密度・皮膚の厚さが増加し、脂肪組織量が減少するなどの変化が報告されました。
結果として「10〜20歳若返った」と言っていいほどの改善が確認され、この論文は当時の医学会で大きな注目を集めました。これまで不可逆なものだと思われていた老化という現象が改善する、つまり「アンチエイジング」が可能であることを初めて報じたのです。
それまで「アンチエイジング」という言葉は、概念的にしか存在していませんでしたが、この論文以後、「老化は対処が可能である」という科学的背景を持って、「アンチエイジング」という言葉が現実的な意味を持つようになったのです。
ラドマン博士の論文発表から2年後の1992年、アメリカでA4M(American Academy of Anti-Aging Medicine) という医学会が設立されました。
この学会は「老化を疾病として捉え、治療する」という理念を掲げ、世界中の医師や研究者が参加する大きなムーブメントとなりました。現在では約120カ国・26,000人を超える医師や科学者、政府関係者が参加する国際的な学会に発展しています。
日本の医師も早い段階からこの学会に参加し、その活動を通じて、「アンチエイジング」という言葉とその治療が日本にも浸透していきました。
■内科的アプローチから美容医療へ
ただし注意すべき点は、ラドマン博士の論文もA4Mの理念も、いずれも「内科的な医療アプローチ」を基盤としていたことです。
1990年以前にも美容外科手術は存在し、見た目を若くすることは可能でしたが、それを「アンチエイジング」と呼ぶことは稀でした。
本来のアンチエイジングとは、体内の代謝やホルモンバランスなどを整え、全身の老化を改善することで、結果的に外見も若返るという、より根本的な概念を意味していました。
しかし、A4Mの医療が普及するにつれ、ボトックスやヒアルロン酸注入など、日本ではプチ整形と呼ばれていた美容医療も「アンチエイジング」と呼ばれるようになりました。特に日本ではその傾向が顕著で、ボトックスやヒアルロン酸注入などをアンチエイジング医療の代表と考える人が多数派かもしれません。
■日本での定着と変遷
日本でこのような流れが加速した背景には、いくつかの社会的要因があります。
2004年に臨床研修医制度が施行されたことで、医師の独立開業が増加しました。その際、注目を集め始めたアンチエイジング医療を取り入れたクリニックが多数誕生したのです。さらに2009年にはボトックスが日本で本格導入され、ヒアルロン酸注入も広く普及しました。これらの施術を「プチ整形」と呼びながら、内科的アンチエイジングと組み合わせて提供するクリニックが増えたことで、美容医療的アンチエイジングのイメージが定着したと考えられます。
加えて、「アンチエイジング」という言葉に対して、A4Mが提供する「マッチョで健康」なアンチエイジング像に対し、日本では「スリムで知的」「上品に歳を重ねる」といった価値観が重視されたことも言葉のニュアンスを変化させた要因だと考えられます。
■社名に込めた想い
私たちアンチエイジング株式会社は、医療としてのアンチエイジングとは異なる立場から、「多くの人が自分らしく年齢を重ねられる社会」を支えることを目指しています。
そのために、確かな品質と科学的根拠をもつ化粧品原料を提供し、皆さまの美と健康の維持に貢献してまいります。